[エンゲージメントを引き出すレベルデザインと、茶室型環境ストーリーテリング]
今回は去年・今年と賞レースを総なめにしたExpedition 33のレベルデザイン分析をやっていきたい。ストーリーのネタバレはしないが知ってる人は分かるように固有名詞は出すことはあるので少しだけ注意を。英語でプレイしたので、ゲーム用語が訳と違ってたらすみません。
〇JRPGにインスパイアされた作品
Expedition 33はフランス発でありながらJRPGに強い影響を受けたことが指摘される作品だ。実際、米欧発のRPG(BioWare、Larian、Bethesda等を念頭)とはかなり異なる様式を持つ。その特異な点は特に以下の点に見受けられる
探索とバトルでシーンが分かれたターン制RPG
→バトル・探索がシームレスなものがメジャーキャラクター・物語の自由度は少ない代わりに、テーマが明解
→自分でキャラメイクしてキャラクターを作っていく発想がメジャー物理法則を無視した 外連味とリズム感のあるエフェクト・アニメーション
→派手なエフェクトや空中を飛び回るようなアニメーションはあまり無いコンプ欲をそそる種類豊富でユニークな収集物
→収集要素自体は一般的だが、取り逃すと代替不可能なほどのユニークなアイテムが収集要素の主体になることは珍しい
特に4.は本作のレベルデザインとのシナジーが非常に強く、独自のデザインたらしめている。本作の「ピクト」はFF7のマテリア(特に支援マテリア)やFF9のアビリティに近い設計で、物語の終盤になっても腐らないため、コンプすることへの強い動機付けが働く。つまり取り逃しのデメリットが大きいので、網羅的な探索への選好が強化される。
ただし、後半ほど収集努力で難易度に差がつくから進行度別のバランス調整に難がある。コレクタータイプのプレイヤーにとって、どうしても後半の敵はろくにパリィせずともゴリ押しが効いてしまい、弱くなりがち。このゲームで一番の弱点と言ってもいいだろう。
2.に関してはBioShiockやWitcherなど、キャラクター性やテーマがはっきりしているものも多いので、あまり一般化して語るのは憚られるのだが、群像劇的な要素はとりわけJRPGに特徴的と言える。
他方、西洋系ゆえかTPSアクションの影響が強く、カメラ操作は三人称視点のフリーカメラなので探索はチャレンジングだ。UIでの補助を避けて肉眼での観察を要求することも一役買っている。
〇探索・収集を主軸に置くレベルの構造設計
本作はシンボルエンカウント制のためバトルが別シーンであることから、レベル上でのバトルアクションがないため、エンカウンターデザインはシンボルとの接触部分に留まりその重要性は限定的だ。従ってレベルデザインが探索と収集を主題としているのは当然の帰結だろう。チャレンジは経路探索にあり、報酬は主にビルド強化用アイテム、ペースが単調にならないよう稀にサイドクエストを挟むことで味変し、予測不可能性を上げている。
構造的にはオープンワールドがハブとなり、そこにリニアのダンジョンマップが点在している。ダンジョンマップのほうは、全ての探索可能範囲を網羅しながら進むことを想定したリニア構造。なのでメインパスが決まっていて、そこからサイドパスが枝分かれし、長いサイドパスにはバックトラッキングを防ぐため、メインパスへの帰投ルートが設定されている。これはSkyrimやWitcher3等と近い。収集物が豊富なこのゲームの設計思想にがっちり嚙み合った選択だ。
ペルソナと比較されがちだが、筆者の知る限りはペルソナはシンボルエンカウントでレベルが細長い点ではパッと見似ているものの、探索範囲が平面的かつ多階層的でカメラの縦振りが少なく、ジオメトリもマップの設計自体も直線的で予測可能性が高く、少なくともレベルデザイン的にはだいぶExpedition 33 とは異なる。また全てのパスを踏破することにインセンティブを与える思想に親和性があるため、プレイヤーに道のりの選択肢が与えられ幾つかのパスからコスト・リスク・リターンを推測して自分に合ったチャレンジを選ぶというような、同国フランス発のDishonoredのようなサンドボックス型が採用されなかったことも頷ける。
〇物語世界の広がりを感じさせるメトロイドヴァニア構造
オープンワールドではダンジョンマップよりも俯瞰的なアングルでカメラが設定されており、視点の上下移動が少ない代わりに広大な範囲を乗り物を使って移動する、という異なるゲームプレイが導入されている。またメトロイドヴァニア方式が採用されているが、ここでいうメトロイドヴァニアはゲームジャンルのことではなく、デザインパターンの方だ。そのため移動手段が解禁されていくにつれて探索範囲が広がるとともに、以前は塞がって通れなかった箇所への進入が可能となり、ワールド全体を刺繍のように何度も折り返しながら点と線を繋ぐように移動し、探索するようなスタイルを採っている。小規模なオープンワールドを逆手に取り、全てを味わい尽くせるような密度の濃い体験性を実現する上で、最適な選択肢だろう。
【本作のメトロイドヴァニア構造を象徴するサンゴの壁】
ファストトラベルを採用しなかったここと併せて考えると、ワールドの景色を様々な方角から焼き付けるように移動させることで、世界観を強く印象に残したかった意図が感じられる。
移動手段がアップグレードされる度に速度も上がっていくので、退屈さを感じさせずにナチュラルにワールドの広がりを味わえるように調整されている。
〇脳汁を出させるための緊張と緩和
本作のレベルデザインの興味深い点は二点ある。
ひとつはレベルデザインがもたらす「引き」、英語にすると<エンゲージメント>だ。
脳汁を出させるにはよく言われていることだが、緊張と緩和が基本のテクニックだ。このゲームのレベルデザインにおける緊張要素は一見ザコ敵が担っているように見えるが、このゲームのザコは一部の高難易度ダンジョンを除いてさして強くないので、むしろドロップアイテム目当てに積極的に狩られて報酬に転じやすい。これだけでは緊張を維持できないので、折角リッチな報酬を用意してもその有難みが伝わらない。そこで改めて、ダンジョン部分を中心にデザインを俯瞰的に見直してみる。
本作のレベルデザイン絡みの特徴は以下の通り。
一つの地点からパスの分岐が多く視認性が低いため、複雑性が高い
サイドパスがメインパスと同等か、しばしばそれ以上に長い
冒頭で述べた通り「ピクト」を主軸にした期待値の高い報酬が用意されており、網羅的な探索への選好が強化されやすい
ざっくり言うとこのうち1.と2.が緊張を生み出し、3.が緩和要素を担っている。次にどういう設計か詳しく見ていく。
〇他のゲームには無い組み合わせが齎す、複雑性のエンゲージメント
緊張を生み出す主軸となっているのが1.の複雑性だが、本作ほどの複雑性は、従来のゲームではあまり採用されてこなかった。それは理由があってのことだ。しかし本作がサードパーソンアクションのデザインフォーマット上にシンボルエンカウントを採用しているという特異性がその理由を帳消しにしている。
本作のカメラはプレイヤーキャラの肩越しで、上下移動も自由。レイアウトも立体的で上下移動用のインタラクションも複数用意されていることから、サードパーソンアクションのフォーマットと言っていい。通常サードパーソンアクションのレベルデザインを考える際、いかに敵とのバトルをサポートするかがレベルデザインの重要な主題となる。バトルがスムーズになるようにレイアウトを整え、エンカウンターのリズムを調整し、収集要素は箸休め的な側面が強くなる。ただし本作はシンボルエンカウントなので、敵AIはいるし動き回れはすれど、深追いや遠距離攻撃はしてこないし、基本的に避けて通ってもいい。なので本来バトルが作り出すはずの緊張感を別のチャレンジで置き換える必要がある。その結論として本作がたどり着いたのが、「レベルの複雑性を高める」ということだったのではないかと推測する。
レイアウトを構築する際、一つの地点から枝分かれが増えれば増えるほど、プレイヤーの脳ミソのキャパを圧迫する。記憶しなくてはいけない地形情報が増えて、マップを把握するのが難しくなるからだ。このゲームは枝分かれが多く、補助用のマップUIも無いのでどこを探索済みでどこが未踏破なのかを記憶しなければいけない。これが緊張を生み出す触媒になっている。
これをバトルが探索中にシームレスに発生するゲームでやってしまうと、敵AIと鬼ごっこをしているうちに覚えた情報を忘れてしまったり、自分の現在位置が分からなくなってしまったりして、あっという間に混乱してしまう。故に枝分かれは単純すぎてもいけないが、複雑すぎてもいけない。せいぜい一か所から3分岐くらいが相場ではなかろうか。しかし本作においては4,5分岐ほどが頻繁に見られるほか、一つのパス上に何本もの分岐が短い間隔で作られることも多く、明らかに平均的なゲームより多い。
【浮遊する水(Flying Waters)の最初のアリーナ。中央のランドマークの左右が作り出す二股の分岐、左の死角に小径、右手の遮蔽物の裏側にぐるりと回り込む小径、と4つに分岐しており、フォグと視界を覆うコンブも手伝って、パッと見の印象よりもかなり複雑】
〇極端に長いサイドパスが生み出す長期的な低負荷
複雑性が断続的に強めの負荷を掛けていくのに対して、長期的な緊張をより無意識的に掛けていくのが2.の大ボリュームのサイドパスだ。本作のメインパスは比較的短いのに対して、サイドパスのボリュームは多い。これも半端な長さではなく、しばしばメインパスより長いくらいに極端に長く、同じ三人称視点で比較的レイアウトが近くなりやすい近接戦闘寄りのSkyrimやWitcher3などのダンジョンを見ても分かる通り、平均より突出している。ペルソナやメタファーでもダンジョン全体の長さで負荷を掛ける方式が見られるが、あちらはメインパス自体が長い。こちらは行ってもいかないくてもいいサイドパスの長さに比重を置くことで、「あくまでプレイヤーの自由意志」で自分でペースをコントロールできる余地を提示している。つまりエージェンシーが高い。結局隅々まで踏破してしまったとしても、ある程度納得感が生まれる。
また、サイドパスの終わりが見えるまでがかなり長いので、自分がメインパスを辿っているのかサイドパスにいるのか、曖昧な状態で探索を続けることになり、これも緊張に拍車をかける。うっかりサイドパスのアイテムを取り逃したままレベルを攻略してしまったり、ポイント・オブ・ノーリターン(文字通り、ストーリーが進行して元いた場所に戻れなくなる地点)に到達してしまうかもしれないからだ。見逃し・取り逃しを恐れて神経質になってしまう心情はFOMO(Fear Of Missing Out)と言われたりもする。このゲームのように隅々まで調べるような動機付けが強いゲームはフォモりやすいため、複雑性との相乗効果で負荷が増していく。
なおボリュームが多いのに関しては恐らく意図的だろうが、メインとサイドが分からなくなってしまうのは意図していない可能性がある。レベルデザインの基本的な技法として、メインパスに目印になる記号オブジェクトを配置することで道案内の縁とする「サインポスティング」があるが、このゲームではランプを配置してあることが多いように思う。ただ、筆者のカンが悪いのか、その辺はなるべくナチュラルに匂わせたかったのか、決め手になるほどあからさまにはサインポスティングしていなかったように思う。
〇予測可能ゆえに強力な誘引力を持つ報酬
そこで1.の複雑性、2.のサイドパスの長さと取り逃しの不安が緊張を最大限まで高めたところを、最後に3.で述べた「期待値の高い報酬」を入手することで緩和が訪れ、無事に我々プレイヤーの脳内にブリッとドーパミンが放出される。
「期待値が高い」とはどういうことか。つまり横道にそれて頑張って奥まで行ったら「大抵は結構いいものが手に入る」という期待に対する結果のハズレの少なさだ。
先に述べた通り、今作の「ピクト」は効果がユニークで、進行度にかかわらず価値が腐りにくい。他にも報酬としては強力なレアモンスターが立っていて、倒すとピクトや武器が貰えることが多い。武器も成長するので、価値が維持される設計になっている。
本作はバトルのパリィ要素がプレイヤースキル依存のため、ある程度強い敵でも腕次第でねじ伏せられる余地が残されている。そのため低いレベルのうちから強力な報酬狙いでレアモンスターに挑んでいるうちに、だんだん倒錯して倒すこと自体が目的化、つまりプレイヤー次第ではあるが、モンスターと会うこと自体が報酬になってくるようなケースも頻繁に起こりうる。
そういった強力な報酬がかなり高い確率で大体のサイドパスの奥のほうに落ちているので、プレイヤーはサイドパスを見つけたら予期し得る報酬を見逃したくないし、レベル全体を取りこぼし無く、くまなく探したくなる動機が回を追うごとに強化されていく。
ところで、レベルのボリュームは増やそうと思えば増やせるものではない。無駄にだだっ広いだけの空間を作っても、それは探索を単純作業に変えてしまう無能な一手だ。レベル上にはしかるべき間隔・リズムでプレイヤーにとって興味関心を引くに値する報酬がなければ意味がない。本作がこれだけのボリュームを作り出せたのは、収集物の価値が下がり辛く大量生産が可能というピクト、そして武器のエコノミーデザインの成功によって高い天井が設定されていた部分が大きいように思う。レベルデザイナーやアーティストがいくら手を早く動かしても、天井を超えることはできないからだ。
〇語らずして雄弁な環境ストーリーテリング
さて、ここまでは<エンゲージメント>について掘り下げてきたが、もう一つの注目点はカットシーンやセリフにより直接語ることよりも、空間・背景・カメラのフレーミング等で間接的にストーリーを表現する<環境ストーリーテリング>だ。今作は環境ストーリーテリングを世界観構築のツールとしてかなり重視している。
環境ストーリーテリングとしてよく知られるのは、Skyrimでその辺に一見無造作に転がっている死体をよく調べると、持ち物やメモなどからその場で起きたと思しき陰惨な事件が判明する、というデザインだ。Expedition33においては、環境ストーリーテリングの最たるものが「屋敷」だ。
屋敷は亜空間上にある文字通り巨大な住居であり、本作の様々なダンジョンまたはオープンワールドには屋敷レベルへ繋がる入口が設置されていて、足を踏み入れる度に一つ新しい部屋がアンロックされ、プレイヤーはそこを探索できる。ストーリー中、このレベルには何度も足を運ぶが、その頻度の割にはゲームプレイ要素はかなり少ない。その都度の探索範囲も小さい。つまり滞在時間は長くない。なぜならこのレベルは丸ごと環境ストーリーテリングに捧げられているからだ。それぞれの部屋は屋敷の住人の居室であったり、台所であったりして、ここには(一番最初の導入イベントを除けば)キャラクターが一切いない。その代わり、屋敷の存在理由、どのような人物が住み、何を思ったか。それらが部屋に置かれた調度品や所有物を通して影として語られる。見せるのではなく、想起させる。
これを書いていてふと、イデアの洞窟の喩えを思い出した。洞窟の中に縛られている我々は実体(イデア)を見ることはなく、ただ炎に照らし出された影を見て本物だと信じているのだ、という昔の人の話だ。エンバイロ・ストーリーテリングとは、むしろ影だけを見せることでそこにない「本物」を、我々の想像力という絵の具で描き出す技法といえるかもしれない。
〇大胆な運用が印象を残す
「屋敷」のように丸ごとレベル1つを使うような、しかも何度も繰り返し訪問される、大掛かりな環境ストーリーテリングは、実際のところかなりイレギュラーだ。またそれが印象形成に大きく寄与していることも間違いない。環境ストーリーテリングといえば、一般的には先に述べたスカイリムの例のような、ささやかに単発でストーリーを語るものが主流ではあろう。基本的にはストーリーを掘り下げて考察したいプレイヤーのために奥行きを用意したり、先の展開への伏線を置きに行く使い方がされることが多い。ただしその中には背景の一部に埋没して、ストーリーテリングと言っていいのか怪しいものも少なくない。「能動的にストーリーを発見する喜び」を提供できているか否かが、装置として機能しているかの線引きどころではなかろうか。
また間を持たせるセリフ等のフィラーもないのに、ストーリーの途中途中で少しずつ開放しながらパズルのピースを嵌めていくような謎解きをさせる使い方は、かなり珍しいように思う。最近の例でいえば「メタファー:リファンタジオ」のアカデメイアなんかは繰り返し訪れる点で少し似ているが、あちらはエンバイロというよりは空間の主との対話がメインのコンテンツになっている。「屋敷」のように間接的なストーリーテリングだけで押し切るような例は特異と言っていいだろう。結論、アカデメイアはどちらかというと本作でいえば「キャンプ」に近い。もっとも本作のキャンプはキャラクター同士の関係性を掘り下げる物語空間としての役割が主体だが。
一方、このレベルの存在はレベルデザインの文法においてイビツでもある。最初の一度を除けば物語としてもキャラクターの動機としても訪れる必然性がなく、攻略に役立つアイテムも落ちていなければボスもいない。要するに行かなくていい場所なのだが、ダンジョンの中に明らかに場違いなドアがポツンと剝き出しで立っていて、謎めいた屋敷の謎が気になり入ってしまい、入った以上は何かが見つからないかと探し回ってしまう。逆説的に捉えるなら、これは近年の「とにかくプレイヤーをエンゲージさせてレベルの次へ次へと誘引していく」というベクトルが一方向にしか向かなくなりがちなデザインに対して、あえて集中の糸を断ち切って、プレイヤー自身に物語のペースを握る手綱を投げ返す、というデザインと言えるかもしれない。もちろん、結果から見た逆算でしかないのだが。
まとめると、「環境ストーリーに絞り報酬としてのスポットライトが当てられ」「チャレンジ→報酬のゲームループから切り離された」「巨大な専用空間に」「何度も繰り返し足を運ぶ」という一連の要素が屋敷というイレギュラーな環境ストーリーテリング装置を効果的に動作させ、強い印象を刻み付けている。特に「環境ストーリーテリングに報酬を絞った専用空間を用意する」という瞑想的な体験性の特徴から、筆者はこれを「茶室型環境ストーリーテリング」と呼んでいる。
〇画の力で語る
ある程度筆者の想像の話になってはしまうのだが、元々背景ストーリーテリングがゲームデザイン技法として成立するようになった経緯には、あえてプレイヤーが言われるがまま・導かれるがままにプレイすることを拒否して自律的に行動した際の報酬として背景ストーリーテリングが効果的に機能した、という経験則があったからだと思う。
(余談だがこのユーザー心理を逆手に取ったゲームに「スタンリー・パラブル」がある)
一方で「背景ストーリーテリング」の解釈の幅は広く、あくまで言葉を用いずに物語を提示する、というニュアンスでも用いられる。2015年にリリースされて話題になった風ノ旅ビト(Journey)は背景ストーリーテリングの例として有名だが、プレイヤーの意識外に物語を配置しているわけではなく、むしろカメラでの誘導やフレーミング意図が明確なカットシーンを多用している。あくまで「言葉を使わない」という部分がフォーカスされた例だ。
本作でその例に当てはまるのが薄明の石切り場、牧草地、白の樹などの固定カメラマップだ。このマップではプレイヤーは動き回ることはできるが、キャラクターはごく小さく表示され、障害物の裏側に入れば見えなくなってしまう。これらのマップにおいて特徴的なのは、無論ヴィジュアルだ。カメラが固定されていることにはパッと見の印象以上に大きな意味がある。まず、固定カメラで撮ることで、普段は人物に追随するカメラが今度は逆に背景を中心に捉えるカメラになる。そして大きい画角で小さいキャラはより小さく見える。つまりキャラと背景の主従が逆転し、主役が背景へと移る。
【固定カメラマップ、薄明の石切り場】
またカメラが固定されているならば、背景のコンポジションは明確でなければいけないし、そこには意味がないといけない。フリーカメラでも背景のコンポジションに意味を持たせることは可能ではあるが、受け手に見せたいものを確実に意図通り見せるのは難しい。
故に固定カメラでは単にオブジェクトのモデルを作り込むとかポストプロセスとかライティングを頑張ること以上に、画としての総合的な強さを発揮できるという強みがある。そしてキャラから背景への視点移動を見せることで、世界観をダイレクトに伝えることができる。世界観を大事にするゲームであるならば、ただプレイヤーにゲームのついでに世界の中をくぐらせるだけではなく、時には茶室のように世界と触れ合うのに専心できる場所を置いておく、というのも重要なストーリーテリングだ。
さてこのような環境ストーリーテリングは新しいかといえば、むしろ全く古い。古いが、それは近年プレイヤーのエージェンシー確保に腐心する価値観があまりに支配的になったからだ。PS1時代にはハードのスペックの低さ故に、例え3Dゲームであってもフリーカメラは難しかったが、逆に多くの美しい絵画的で強い物語性を持ったヴィジュアルを数多く生み出した。それは果たして劣ったデザインだったか、と問えば、そんなことはないだろう。どんな条件下であっても絶対に正しいデザインセオリー、なんてものが正しいわけがない。単に画の美しさだけではなく、フリーカメラ、自由な操作性、プレイヤーのエージェンシーといった、近年のトレンドで善とされ肯定され続けてきた価値観への反駁がもつ批評性、発想の自由さが、一体となって本作の魅力を高めているのだ。
〇その他の環境ストーリーテリング
他にも沢山のスカイリム的環境ストーリーテリングが道中随所で見られるが、ここでは考察ではなくデザイン分析をするので、特に構造的に意味のないものは言及しない。強いて言えば、物語世界各地に落ちているジャーナルは時折、環境ストーリーテリングとセットになっており、33以前の他のエクスペディションの悲劇的な運命を知るとともに、彼らが次世代に託そうとしたメッセージ、ツールなどを通じて、エクスペディションという行為の意味を多角的な視点から考える余地を作り出しているのは、ジャーナルを集めるという収集チャレンジのゲーム的な側面とシナジーを生み出していて、効果的な設計になっている。
【過去のエクスペディションが運命を迎えた場所にはひっそりとジャーナルが落ちている】
〇まとめ
という感じで、本稿では主にExpedition33のレベルデザインに焦点を当て、「このゲームのレベルデザインの重心がどこにあるか」「どのようにエンゲージメントを作り出しているか」「効果的な環境ストーリーテリングの使い方」に着目して分析してみた。本作はシンボルエンカウントというJRPG要素を米欧型のサードパーソンアクションのフォーマットに流し込むという野心的な試みの結果として、複雑なレベル構造と長大な探索を持ち合わせた経路探索重視のレベルデザインに辿り着き、それをエコノミーデザインで支える、という独自の正解を導き出した。
フランスのSandfallと筆者の知るポーランドでどこまで共通・差異があるか分からないが、恐らくそれらはすべて最初から構想されたものではなく、初めにコンセプトを練り上げ、その諸問題を解決して、調整していくうちに今の形に帰着したのだろうと想像する。だがレベル・バトル・エコノミーの三柱がきちんと互いにシナジーを生み出していることから、行き当たりばったりで作りっぱなしに終わらず、有機的に稼働するデザインとなっている。筆者がThe Altersの開発過程で思ったことだが、新規性の強いゲームを作る上では迷ったり前後不覚に陥ることはあっても、演繹的にデザイン同士の結合力を高め、根気強くテストプレイで問題を洗い出して改善していくことで、少しずつデザインの強度は上がっていく。精神力が試される過程だが、忍耐と集中力、そして考え続けることが、革新的なデザインを作り出すための最大の武器だ。
そしてSandfallの発想と思考の積み重ねは、プレイヤーに世界観そのものをじっくりと味わうアフォーダンスを提供する、茶室型の環境ストーリーテリングも生み出した。この手の体験性はゲームのプレイ時間としては正確にカウントできない。つまりプロダクション的には実利に結び付きづらく、ここに予算を割く、という発想には逆向きのインセンティブが働きやすい。このゲームはその魅力を売りにできるレベルでの予算規模で実行した。そこを押し通した大胆さの裏には、開発側のコンセプトの強さとプロダクション側の理解の深さがあったのだろう。
他にも色々と言及したい面白いデザインのアイディアはあったが、すべてを拾い上げるのは大変すぎたので、もし本作が未プレイであればぜひトライしてみてほしい。最後の最後までいいアイディアが詰まっているので、全ての要素を遊んでみることをお勧めしたい。
〇オマケ
構造解析
シームレスのオープンワールドマップにロードを挟んで(恐らく違うパーシスタントを読み込んで)ダンジョンが乗っかってる構造、オープンワールドが俯瞰カメラだったり、背景だけでストーリーを語ること(Enviro Storytelling)に主眼に置いた固定カメラのマップがあったりと、スーファミ・プレステ1時代のFF味を感じる。ダンジョン内は基本的にはスタートとゴールが1箇所ずつ。ゴールが行き止まりなものと、オープンワールドの別のエリアに繋がっているものがある。ストーリー進行に関わるダンジョンは基本的に次のエリアを塞いでいるので、一つのエリアが一つの物語空間の展延で、ダンジョンがパイプのように物語空間同士を接続する作りになっている。なので、Act1の最後のダンジョンで一つの物語空間が終わり、次のAct2エリアはガラッと空気が変わり、それまで色彩豊かだったのが一気に殺風景でメランコリックな感じになる。一度エリアが進行した後にもう一度前のエリアに戻ってストーリーを進めることは基本的にない。1エリア1物語空間ルール。なのでプロットを先に作ってストーリーの連節(story beat)ごとにレベルを作った工程が予想できる。
ストーリーはダンジョン内で進行する。ダンジョン内で事件が起き、謎が明かされ、これがチャレンジへの報酬となっている。キャンプは進行とは別に主にキャラクター個々のストーリー(character arc)及びキャラクター同士の関係性の補完用の物語空間となっている。
寄り道用のダンジョンはまた別で、これらはオープンワールド上でエリアの開始地点と終了地点の間を充填するように配置されている。これらは大きく1. フルサイズの探索と戦闘メインのレベル、2.背景アート鑑賞と背景ストーリーテリング(enviro storytelling)がメインの1アリーナレベル、3.簡単なクエストと条件によってはボス戦闘が用意された1アリーナのレベル、4.ミニゲームのあるジェストラルビーチ、に分類できる。インディーと言うには差し障りあるレベルのボリュームの多さだ。充実感がすごい。
ジェストラルビーチはやり込みレベルの難易度になっていて、FF7のゴールドソーサーみたいな理不尽な難易度で報酬も自己満足程度のもの。流石に全部はやらなかったし、特にプラットフォーマー系のやつはジャンプが理不尽すぎてフラストレーション溜まりすぎてここまではついて行けん、となった。ここの評価は個々人のロイヤリティ次第だろう。オマケと割り切れる人は楽しんでね、という塩梅。今のゲームはQAが厳しいので、AAAのゲームなら弾かれる可能性が高いと思うが、昔のFFのミニゲームを懐かしむ余裕のある人なら楽しめるだろう。個人的には「オマケなんてこんなもんやで」という割り切りは嫌いじゃない。ただ、あくまでメインコンテンツのクオリティとボリュームが既に十分だから成立する、という前提だが。
寄り道はダンジョンだけでなく、オープンワールド上にも配置してある。コレクティブルや強化ザコのクローマティックxxx、特殊なメカニクスを備えたユニークボスとのバトル、はぐれジェストラル探しの3つがこれに当たる。どうでもいいキャラがやたらステップの多い七面倒な作業を押し付けてくるような低クオリティのクエストは無く、クエスト自体は単純ですぐ終わってちょっとした報酬がもらえるか、ちょっと頭を捻って考えさせてからいい報酬が貰えるような設計になっている。
一つのエリアからダンジョンを抜けて次のエリアに行ったあと、文字通りエリア同士を繋ぐブリッジが開放され、前のエリアに戻れるよう、可塑性の高さを確保している。
この可塑性の高さから分かるように、メトロイドヴァニア様式をかなり強く意識して採用しており、障害物破壊能力の獲得またはエスキエの移動範囲向上などにより一部のチャレンジやコレクティブルが既に訪れたダンジョンやオープンワールドの特定地点で開放される
コレクティブル:地面に落ちてるアイテムやお金、コレクションアイテムなどの総称
メトロイドヴァニア:ある程度ストーリーが進行した後、以前訪れた場所に戻った際に新しい報酬が用意されているチャレンジ様式。ドラクエで最後のカギを手に入れたら以前は入れなかった牢屋のツボを調べられたりするやつ。
主なレベルデザイン上のチャレンジは経路の発見(pathing)
壁のぼりのインタラクションは動きがもったりしすぎてて、方向操作も直感的ではないのでペーシングの足を引っ張ってる印象がある。ただ自然物の壁に人工的な取っ手が付いてて記号的に分かりやすいサインポスティングになってるのに関しては直感的でいいと思った。あとなんでこんな場所に人工物があるんだよ、というツッコミに一応背景ストーリーテリング(enviro storytelling)でアンサーが用意されているのは面白かった。
グラップリングは観察してアンカーポイントを探すのが楽しく、移動に爽快感もあってよかった。少し遠い場所に注目させたりアイレベルを外してプレイヤーに上下の視線移動を促すための要素として活躍していたと思う。
パズルは少ない。全ゲーム中で一つだけスイッチに連動して一度に複数の壁が開閉するロジック系のパズルがあったが、それ以外論理的な処理能力を使わせるタイプのパズルはない。トゥームレイダー的な処理の順序を考えさせるタイプのパズルも無かった。
上下移動用の光のエフェクトのポールはなぜこれがそこにあるのかのコンテクストがはっきりしなくて、かつ背景から浮いてて、ご都合主義感が否めない。ただ個人的にその辺割り切るのは問題無いとは思ってはいて、バックトラック回避のショートカットに使ったり、滑らかなスロープや緩慢なウォールクライミングだらけでペースが落ちないようしつつダイナミックな上下移動で「この先何か大事がありそう」感を醸し出すようなムード作りに使ってるなと思って見ていた。ストーンウェイブクリフスのゴールドシュヴァリエールが立ってるアリーナに行くまでの長いポール移動なんかは特にそういう外連味出す用の使い方をしてる代表例。つまり見た目が多少変でも、何度も使ってれば目が慣れるし、ゲーム体験上のメリットが大きいならウダウダ言わずにこういうツールはガンガン使うほうがいいと思う。
レベルデザインに関係のあるサイドチャレンジは以下のとおり。メインの進行に関わることはなく、いずれも明確にコレクティブルが報酬となっている。
ペイントケージ:コレクティブルがバリアで守られてて、射撃で鍵を破壊するとバリアが取れて報酬がもらえる。鍵はアイレベルを上げるか、死角を見つける、または隙間を覗いたりすることで見つかる。観察がメインのチャレンジ。
プラットフォーマーチャレンジ(割と不合理感のある難しいジャンプをさせられる)
ネヴロンに何かをねだられて、プレゼントすると報酬にコレクティブルがもらえる。ちょっとだけネヴロンに関する世界観補強ストーリーがある。
パターン分析
ストーリー進行地点までのメインパスがかなり短く、本筋から逸れて報酬や努力目標で倒せる敵が用意されているサイドパスが極端に長い。ストーリーを終わらせようと思ったらかなりあっさりと終わらせられるが、極力キャラを強化して進もうとしたらやりやりごたえがある配分になっている。
探索中やたらと「迷う」設計がこのゲームのレベルデザイン最大の特徴と言っていいかもしれない。レベルデザイナーの「迷う」ゲームプレイへの解像度の高さが伺える。「迷う」というのは割と主観的な感覚だが、「道が見つからない」というナビゲーションの要素と、「情報が多くて処理負荷が大きい」という情報処理負荷の要素に分解できる。ナビゲーションは光源やハシゴなどの記号を使ったサインポスティングやジオメトリの曲線・直線、アーチやトンネル、床の突出面などを使った視線誘導で自然に通り道(パス)が発見できるかという人間工学的な要素で、最低限の明解さを保障しつつ、自明すぎて退屈にならないよう観察の余地を残しておく必要がある。このゲームにおいては割と明快であり、メインパスは直感的に踏破可能になってて、コレクティブルを事前にチラ見せする(スニークピーク)がある部分や隠しコレクティブルが置いてある部分はあえて死角にパスを開くなどナビゲーションを難しくしていて、全体的に設計のクオリティが高いと感じた。情報処理圧については、サイドパスがボリュームありすぎて常にコレクティブルの取り残しをしていないか、スニークピークから見えたコレクティブルを回収できるパスを見落としていないか、うっかりストーリーを進めて前の場所に戻れなくなっていないかどうか、そもそも道が合っているのか、など情報不確定性が高く、故にプレイヤーへの情報負荷が平均的に高くなっているため。レベルデザインにおける情報負荷の高い例としてはDishonoredシリーズが比較的有名だと思うが、あちらは同時制圧が必要な敵の位置と行動パターン把握、制圧手段のシミュレーション、隠れる場所の確保などで同時並行処理する情報量で負荷をかけているのに対し、こちらは将来予測の情報量で負荷を掛けている。
探索で得た報酬がビルド強化にかなり重要に働くので、レベルデザインとメカニクスデザインは深い深度で連動している。レベルの高い設計だと思う。探索の先に報酬、そしてチャレンジと報酬がセットになった強敵が配置されており、探索とビルド強化のシナジーが強く意識されている。このゲームの分単位でのモチベーション確保(ミニット・トゥ・ミニット ゲームプレイ)の原動力を生み出す燃料の大半はこのシナジー設計にあると言っても過言ではないか。
進行度別プログレッション分析
初動の3時間(オープンワールドが開放されるまで)。初動はプレイヤーがこのゲームを好きか嫌いか(続けたいか否か)ジャッジするタイミングなので、ちゃんとした商業作品ならここで作り手が一番売りにしたいポイント(USP)が分かる。リュミエール:
戦闘は3回(うち2回はチュートリアル)だけで、ほとんどが会話中心のロールプレイ。なるべく初動でメカニクスを掴ませようとする近年のデザイントレンドとはかなり真逆の傾向。最近のゲームにしては、超遅いテンポ配分(遅いペーシング)。むしろここでなるべく粘ってストーリーと世界観を説明しておきたい意図を感じる。普通、ナラティブに相当自信が無かったら絶対こんなことはしない。あと、しっとり物悲しく落ち着いたムードを作っておいて、この後くるカタストロフィがよりドラマティックになるように落差を作っておく意図があると思われる。正直に言うと、筆者にはこの時点でこのゲームが楽しいか、「ゲームプレイ」的には判別はつかなかった。ただし物語的なフックと緊張緩和のリズムが好きになったので、しばらく続けるモチベーションが与えられた。
「春の牧草地」(Sping Meadow):
最初のダンジョン。以降のプレイヤーへの情報負荷レベルを考慮すればまだリニアに近い構造で、ここまではアリーナから分岐するパスはせいぜい2つ。コリドー内にはある程度遊びがあって一本道感が出ないよう広く取って立体的にコリドー自体を分岐したりして適度な複雑性を確保しているのが見て取れる。Act1
序盤から「浮遊する水」(Flying Waters)のような複雑な構造をポンとぶち込んでくる。処理負荷=探索難易度がいきなりグッと上がる。俯瞰図で見るとぱっと見分かりやすいが、アリーナがでかいし障害物で空間分割されているので、案外空間把握が難しい。プレイヤー目線では一つのアリーナから3つも4つも分岐しているように感じるときもある。そしてサイドパスも長いので俯瞰的に構造を把握するのが難しい。おまけにちょいちょいアイレベルを外して上に目線を向ける必要があるようなチャレンジも用意されている。この時点でレベルデザインのストレス負荷がしっかり与えられており、このゲームの前提はこうですよという共通理解を形成する役割を果たしていると言える。
エンドゲーム
ボリュームはストーリー後半に集中、クリア後に挑戦し甲斐のあるチャレンジと報酬
クリア後には数は少ないがレベルデザインが複雑なダンジョンも幾つかある。どちらかというとボス敵がチャレンジの主軸
背景ストーリーテリング(enviro storytelling)
ダイアログやカットシーン依存でないストーリーテリング。
基本パターンは
なんか起きて死んだ(山盛りの)エクスペディショナーやその他の生物
破壊された建築物の残骸
などだが、特徴的なのはすべてのマップを繋げる「屋敷」で、ほとんどエンバイロストーリーテリング専用に用意された物語空間となっている。このコンセプトはかなりユニークで、ここもナラティブ、そしてアートへの自信と拘りが感じられる。
固定カメラでアリーナ単構成のレベルもまた特徴的な背景ストーリーテリングといえる。商業ゲームの慣例から外れたコンテンツの作り方はなかなか野心的。
背景アートのレベルデザイン
アイレベルより高い位置にも浮遊機雷などの背景物が頻繁に配置されており、高所への視線誘導が自然に発生しやすくなるように設計されていることが多い。これによりアイレベルを外したグラップリングのインタラクションや、通常考えにくいくらい高いところ・低いところに隠しアイテムを配置することが可能となっている。空間を縦に使うことを意識した、視野の広いデザイン。
エコノミー・バランス調整関連
レベルが広く作れるのは配布できる報酬が多いから。最適なレベルの大きさはプレイヤーが受け取れる報酬の数に比例するといっても良い。
ただ水増ししてるんじゃなく、手に入れてうれしい報酬があるのが重要。
このゲームで最終的に拾って一番嬉しいのはピクト、次いで武器、次にカラーオブルミナ、リコート、クローマカタリスト、最後にクローマといったところだろうか。
本作はピクトのバリエーションが物凄く多いので、一番手に入ってうれしい新規のピクトが景気よくばらまかれるおかげで、サイドパスの探索範囲が広くて長いにも関わらず、探索のモチベーションが非常に高い水準で維持できる。すべての敵を倒したらレベル99前後になるよう経験値の量と配分が調整されている。経験値「マラソン」をしなくていい設計になっている。
筆者がゲームデザインの師匠から教わった経験値配分の考え方はざっくりこのようなものだストーリークリア時の想定レベルと、隠しボスに到達する時の想定レベルを算定
メインパスのボスに最低限ストーリー進行に必要な分を割り振って
残りを道中のサイドパスのボスの経験値で調整
最終的にすべてのサイドパスのボスを倒したら、隠しボスに到達する時の想定レベルになるように
本作も似たような発想で経験値配分がされているのではなかろうか。違いは、すべてのサイドパスのボスを倒したら、レベル上限に達するようになっている点。つまりボスだけ倒していれば雑魚狩りを繰り返して蛇足な作業(grinding)をさせないようにしている。ちなみに英語圏ではやってて楽しい反復作業はファーミング、苦痛なマラソンはグラインディングと呼ばれる傾向にある。気がする。
ストーリー(ネタばれあり)
高評価点
最後のテーマ(倫理)部分を真芯で捉えたジレンマは強いインパクトがあった
終盤のメタ視点への移行も強い印象を与える
空想と現実を天秤にかけて、想像力から得られる豊かさと現実と対峙する意味性を双方掘り下げていくストーリーはネバーエンディングストーリーから無色転生に至るまで至る場所・時代に存在している珍しくはないテーマだが、世界観・物語構造にとどまらず、きちんとキャラクター同士の対立まで、マクロの概念レベルからミクロの物語の登場人物に至るまで通徹されていて、高い完成度といえる。
もったいない部分
最終盤でのジレンマ自体は面白い点だが、バランスが悪い。どうしても現実に対面しなければという圧が強くて説教臭くなってしまった。
元々エクスペディショナー達が自らを捨て石にまでして守ろうとしたリュミエールとは何だったのか、リュミエールは何の象徴だったのか。それがエンディングを通して紐解かれると思っていたのだが、何のアンサーもなく、登場人物たちの心象だけをサクッと描いて小さくまとまって終わってしまった印象が否めない。それもヴァーソの家族に対する愛の象徴なのだ、といわれたところで1.納得感がない 2.そもそもヴァーソを創造主という観点を忘れてリュミエールがあることを自明として、これはどんな価値を内包する場所なのか、という設定が欲しかった。
現実か空想かを天秤にかけつつ、正しい答えありきなようなエンディングになってしまったことにより、物語の解釈の余地が狭まって、それ自体はいいとして、その解釈自体が面白いかというところにどうしても注目せざるを得なくなってしまうが、そこにそこまで深い掘り下げがあるようにも見えず、自分で掘り下げようにもrevealが物語の最後の最後なので考察の材料が少なく、掘り下げ甲斐があまりない。結果として物語全体があまり印象に残らなくなってしまった。